今回はかなり個人的なゲーム理論を振りかざしてみましょう。
以下の文章は私が考えるゲーム像です。人それぞれゲームの作り方はあって
しかるべきだと思いますので、そのあたりはご注意を・・・。
で、前にゲームの本質のセクションでゲームはコミュニケーションツールだ・・
みたいなことを書かせてもらった訳なのですが、これはあくまで今現在のゲーム
のあるべき姿であって、私が思っているゲーム・・特にビデオゲームに関しては
違ったりするわけです。
・人間対コンピューター
最近のゲームがコミュニケーションツール化、シュミレーション化してしまった
がゆえに、本来ゲームが持っていた魔力を失ってしまったように感じられます。
もっとも、コンピュータは所詮プログラムどうりに動くだけですので、まるで考
えているように振舞う・・というのは人間が考えて、そう見えるようにプログラム
しているのですが、魂を込め創り出すということが分かっている人が減ってしまっ
たように思います。
まあ、実際はそんなたいそうなことでもなく、ちょっとした工夫やプレイヤーに対
する思いやりや厳しさなんですけどね。しかしそういう次元ではなくあくまで対戦
ゲームや何かのシュミレーションになってしまい、最初から考えていないようなゲ
ーム、また画像や3Dの見た目の派手さを追い求めざろうえない状況が本来のゲー
ム制作を出来なくさせているのではないでしょうか?
・コンストラクティブ&デストラクティブ
しかしながら、人間が面白いと思わせるには”欲求”を刺激しなければなりません。
○○したいなぁ・・という漠然とした欲求はあるのですが、それは人それぞれ・・こ
れがターゲットという部分で、ゲームが多様化していく一因でもあるのですが、もっ
と基本的な快楽という意味でもこの”破壊”と”創造”と要素を紹介しておきます。
たしかファミ通のインタビュー記事でテトリスの作者、アレクセイ・パジトノフが言
っていたことだと思いますが、一番現実に行うことが難しく、同時に人間の基本的な
欲求に関わる部分に違いなのです。
このバランスを上手く考え、ゲームにおいて機能させることが重要だと私は考えます。
具体的にはシューティングや格闘ゲームなどのデストラクティブな要素。育成ゲーム
などに見られるコンストラクティブな要素・・これがゲームにおいては本道だと私は
考えています。
・創造物であること
本来はプロ野球の選手が実名で使えるとか、実車そっくりの挙動・・といったものはゲ
ームの面白さとは関係なく、シュミレーターとしての出来の良さです。これをゲームの
面白さと混同しないように、あえてリアリティというものを否定したいと思います。
アニメやマンガの世界と同様、まったくの嘘であることを前提にその世界自体を楽しむ
という能力が受け手に要求されます。
それに対してリアルな世界は受け入れやすい・・という側面があり、そういった受け手
に受け入れられるか分からない”世界”というものを苦労して創り出すよりも、今存在
する”世界”を再現した方が”創るという手間は省けるという状況が
あります。それに開発費の高騰により冒険が出来なくなったことがゲーム業界の閉塞感
につながっているのではないでしょうか?
任天堂ですら、世界観に関してはすでにある世界観をベースにしたものばかりの状況で
すからねぇ。
主にこの三つ・・どれも実現するには今となってはリスクとしか言えない要素が多いと
思います。ですがゲームが面白かったころはこれらの要素は充実させること自体がリス
クへッジだったことを忘れているような気がしてならないのが残念です。